ワンタイムプランニング

コンサルティングをテスト的に限定で受付してます。
STORES 予約 から予約する

ウィルスよりも怖い事が起きている。。「もし、彼氏や彼女が感染して、完治したとしても会いたいと思いますか?」

今から書くことは、ビジネスに直接関係するかといえば、直接は関係ないですが、読み物として。

愛知県岡崎市の病院がクルーズ船の感染者を受け入れ開始

僕は愛知県は名古屋に住んでいてます。
先日、愛知県岡崎市の病院がクルーズ船の患者の受け入れを発表したとか。

っで、そこで一瞬思ったんです。

「嫌だな」と。

この気持ちが一瞬出たときに、「まずい」と思ったんです。
受け入れに関しては、誰もがやりたくないなかで、決めたことは素晴らしい事。

でも、いざ身近に来ると「嫌だな」という気持ちに。

自分の気持ちは他者だったんだなと。

実際、自分がかかったら病院に行くわけです。
断られたら困るわけです。

だからどこかが受け入れてもらわないと困る。
わかっていても一瞬でた、この「嫌だな」って気持ちは、
本心でありウィルスより怖いものが生まれようとしているのでは?って思ったんです。

魔女狩りが始まるのか?

最近、無意識に中華系の人を見たり、中華系の言葉を聞くと、距離をあけてしまう。

先日、仲の良いマッサージ店の中国人が中国に行っていて心配で連絡を取っていたら、
ある時、「もう帰ってきた(日本国内)だから大丈夫」と連絡が来た。

帰ってきたのは数日前で、もうニュースになっていた時のこと。
それを聞いて僕はマッサージ店に行かなくなった。

ある種の「差別感情」が生まれてきていることに気づいた。

この差別感情が最も恐ろしい。

名古屋も都市のひとつ。
東京大阪福岡と主要都市は危なく、地方に避難がいいかなと検討していたけど、もしかしたら、
名古屋など「都心差別」が起こるのではないかなと。

東京から来た。
名古屋から来た。

そこへの差別。

先日、タクシー運転手が感染し、その義理の母が感染して亡くなったと聞いた。
そのタクシー運転手の立場になって考えたら、もし僕なら、罪悪感で立ち直れないかもしれない。

確実に自分がうつしたのがわかっているわけだし。
また周りからの視線も気にするかもしれない。

もし、僕の立場なら、「自分が殺した」と思って苦しむだろうし、
周りからは「差別の目」で見られるかもしれない恐怖を感じるかもしれない。

そして双方のストレスがたまったとき、差別が生まれ探し出す。
魔女狩りのようだと。。

絶対的に差別は嫌いな僕ですが。。

差別は嫌いです。
どんな差別も。
お金がある人もない人も、年齢や地域も問わず、もっとも嫌い。

仕事でいえば、経営者が偉い、労働者は馬鹿だ。みたいな「ナリキン風情の自由を売る成功者」も、たまにいるが、
そんなものは関係ない。

この世で最も嫌いなの物は差別かもしれない。
これはもしかしたら自分自身が経験した、引っ越ししたときの「方言差別」を受けた影響かもしれない

そんな僕でも、無意識に差別心が生まれてくるわけです。
今回、この気持ちが一番危ないと思った。

差別が戦争、争いを生む

差別は争いや戦争の火種になります。
ウィルスは治るかもしれません。
予防もできるかもしれない。

でも、差別の予防や対策は心の問題で、具体的な処置は僕にはわからない。
周りが大丈夫といっても、そのまま鵜呑みにして納得できるかといえば、無理でしょう。

差別の目はウィルスよりも怖いです。
そして長く続く。根強く・・。

マーケティングの方法に「共通の敵を作る」という手法があります。
何かを掲げ、共通の敵を作りそこに向かわせる。

この手法で怖いのは、全員が納得しているかといえば納得していないのに行動するということ。
行動はその大義に理由付けられた「個々の意思・理由」によって行われ、必ずしもそこに賛同しているわけではない。

第二次世界大戦の時、ヒトラーは労働党を作って、その敵をユダヤ人に向けたように。
でも、全員が敵と思ったかといえば、おそらく大多数はそうは思っていないはず。

小が大になり、いつの間にか「個々の意思・理由」によって参加しただけだと思う。
これと同じことが起きるのではないかなと。

僕がやっている企画集団 二代目賢者舎の賢者舎で学んだマーケティング、プランニングというのは、
今の手法というよりも「原理原則」的な哲学的部分が多い。

スマホが流行ったのもここ10年ぐらいのこと。
10年前にはスマホのビジネスはなく、また今はやっているものが10年後にあるかわからない。

その中で、原理原則の企画脳を哲学を踏まえ体系的に整えたのが賢者舎のプランニング。
そう考えると、間の心の動向っというのは、簡単には変わらない

何度も過ちを繰り返しても、また違った形で新たな過ちを繰り返す。
目に見えないウィルスの恐怖もあるけど、目に見えない心の差別というウィルスが蔓延するのでは?

ふと、朝、よぎった「嫌だ」って気持ちから、まさか自分にはないだろうっと思った感情に恐怖を感じた。
僕は、医者じゃないのでウィルスの対策はわからない。

でも、「差別のウィルス」は多少は対策は取れるかもしれない。

一部の人間がかかれば差別になる。
これは歴史においても、梅毒や結核と同じ。

今は対策が取れても、当時としては差別になり家族ごと隔離や差別の対象となった。

一部の人だから差別になり、全員が身近になれば差別も消える。
正直、差別をなくすのは、「根治する」か「全員が身近な感染者」になるしかない。

でも少しでも、この意識を持てば、、、、

個から家族、町から市、県、そして国・・
地球規模で考えることができれば、ウィルスよりも怖い被害は少なくなるのではないかなと。

差別は争いのタネになり、また、争いは発展の糧になるのも事実。

このままいけば、海外に日本人が行けば、魔女狩りのように日本人がたたかれるかもしれない。
僕みたいに一瞬でも「嫌だな」って思ったら、心のウィルスにかかっているかも。

同じ日本人であれば、仮に日本に住んでいなくても「日本人」「アジア人」という枠で同じ扱い。
全ての人が心のウィルス対策が必要になる。

予防と対策。
今できることを。

「もし、彼氏や彼女が感染して完治したとしても会いたいと思いますか?」

相手との無意識の心の距離を測る問いかも。
さて次はどうなるのか・・・

もしかしたらこの対策として情報の遮断をするのかな?
必要以上に怖がるのは良くないが、隠されるのも気になる。

長々と書いたけど、僕が言いたいことは、ウィルス以上に怖いものが生まれつつあるのでは?ということ。
そして国民が飢えたとき、転機が訪れ、二分化が始まる。

まぁ~
何が正解か不正解かわからないが、毎日、後悔のないように生きたいと思った。

心のウィルス対策、目の前のウィルスよりも怖い何かが残らないように。

それが対策の一つになるのかなと。。。